依存症というとモルヒネや喫煙、アルコールなど否定的なことが頭に浮かんできますね。でも肯定的に捉えることができる「良い依存症」もあるのです。
私たちの脳には快感や喜びを味わう場所があって、おいしいものを食べたり、好きな運動をしたりすると、ドーパミンというホルモンがそこを刺激して「もっと食べたい」「もっとやりたい」という気持ちにさせます。
少し専門的に説明すると、モルヒネなどの麻薬を注射すると、私たちの間脳にある視床下部からはセロトニンという脳内伝達物質が分泌されて、脳幹の物質を刺激し、大量のドーパミンが作られ、大脳辺縁系にある扁桃体や海馬の一部を通って、額の後ろにある前頭葉を刺激して、今まで味わったことのない快感を味わうのです。依存症になるのは、この快感をもう一度味わいたいと思うからで、モルヒネの注射を繰り返したり、陶酔感を持ってマラソンをしたり、チョコホリックといわれるようになったりします。この経路を「報酬経路」(the opioid system)と言います。
愛着の報酬経路もモルヒネと同じで、保護者から与えられる喜びの刺激により、体験したことのない心的高揚を覚えます。この報酬経路には記憶組織もあるので、保護者の肌の匂い、お乳の味、声や顔、そのほか保護者を思い出させるものが引き金になって、保護者に対する強い欲求を感じます。つまり、肯定的なやりとりのある親との関係は幸福感(報酬)を生み出し、親への思慕が募り、さらによい関係を作ろうとする・・・これがよい依存症です。
愛着の形成には3つの大事な節目がありますが、一対一で自分を守ってくれる人に密着して育てられる出生直後から3ヵ月までが、まず「依存症」と言えるほどの恒久的に続く親子の愛着構築に非常に重要な時期です。
鍵は脳神経の受容体
愛着の「依存症」を作る鍵の存在を実証した実験があります。2004年、ローマにあるCRN InstituteのFrancesca R D'Amato 博士たちが行った動物実験です。それにより、鍵が「u-opioid receptors」という受容体であることがわかりました。(2004年6月25日号『Science』より)
※ 「u-opioid receptors」:神経細胞から神経細胞に伝達されるときの受容体。麻薬によって分泌された脳内伝達物質を伝達する。
専門的内容ですが、その実験のお話をしましょう。
ダ・マート博士たちは、モルヒネで分泌される脳内伝達物質を受容するu-opioid 受容体を壊した母ネズミを作りました。そしてその母ネズミから生まれた子ネズミたちと、正常な母ネズミから生まれた子ネズミたちを比較しました。
母ネズミたちは、子ネズミ達を舐め、お腹の下で温め、お乳を飲ませて念入りに育てます。ダ・マート博士たちが母ネズミと子ネズミを引き離すと、正常の母ネズミから生まれたグループは母を慕って大騒ぎをしましたが、受容体を壊した母ネズミから生まれた子ネズミたちはあまり騒ぎませんでした。子ネズミ全部にモルヒネを注射したところ、正常のグループはすぐに気分が良くなり静かになりましたが、もう一方のグループの行動にはあまり変化がありません。ここから、u-opioid受容体が壊れた母ネズミから生まれた子ネズミたちには、モルヒネが効かないという事がわかりました。
次の実験では、二つの巣を用意して、子ネズミたちに選ばせました。自分たちが母ネズミと暮らしていた巣と、他の親子ネズミが暮らしていた巣です。正常の子ネズミたちは自分たちが母ネズミといた巣を100%選んだのですが、受容体のないグループの3分の2は他の巣に行き平気だったそうです。そこで、u-opioid受容体が恒久的愛着作りに欠かせないことが解ったのです。
この実験から、母親のあやしや抱擁に無関心な乳児自閉症の子どもたちには、このu-opioid受容体を作る遺伝子が欠けているのではないかという仮説が引きだされています。
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